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2008年6月26日 (木)

あってもいい、R40の映画『ぐるりのこと。』

どうしても見たかった『ぐるりのこと。』鑑賞。

本作は、今年の邦画ナンバーワンである。
映画の後半はずっとずーっと号泣し続けていた。
今も思い出すだけでウルウルと目頭が熱くなる。
だからといって、映画館へ泣きに行ったわけではない。
純粋に、「この映画は良さそうだ」という直感で
チケットを買ったのだ。

以下、
『ぐるりのこと。』を見て、思ったこと。

・監督のシンパシーが役者→制作スタッフ→宣伝さん(中略)→
 と伝播して、観客へかなり正確に届く映画だ、しかも繊細に。
・リリー・フランキー、君はオイシイ!
・どうして、こんなにも息苦しさを感じながら生きていかなければ
 いけないのか?現代社会は。
 だからこそ、夫婦(心の通じる人と)でいることの尊さ。
・心を麻痺させていないと辛すぎる事件や社会、人間関係。
 だからといって、思考停止にはなりたくない。(危険だから)
 人として生まれてきたからには、感性や価値観は失いたくない。
 (消費社会の亡者には、なりたくはない)
 →だから、(自分なりの)正気でいられるよう
  (いろいろあるけど)一番信じられる人と共に寄り添いながら
  ささやかな幸せをかみしめながら生きていたい。
ひょっとすると、それは、現代社会における
唯一の『希望』なのかもしれない。

…なんかですねー、未だ上手くまとまってないのですが、
そういう言葉をグルグルと頭に巡らせながら帰ってきました。
本当はもう1本『奇跡のシンフォニー』も見ようと思ったのですが
『ぐるりのこと。』のことを反芻したい欲望にかられて
家に帰って無心で(手抜き)夕飯を作っちゃいました。

ところで、今日のタイトル『R40』について。
『ぐるりのこと。』はR40にすべき映画である。
たまには成人映画のように映画が観客の(精神)年齢を
選ぶ作品があっても良い。

今日はレディスデーだったので、6~7割ほど客席が埋まっていた。
腹が立ったのは、20代そこそこのギャルが訳もわからず
観客として存在していることだ。
(前もって言っておくが、私は北九州における映画文化の振興を
 真剣に考えている。なので、基本的に1人でも多く映画を見る
 人口が増えた方が良いと思っている)

しかし…だ。
『マジックアワー』の時にも感じたのだけど
「面白い映画」という先入観のある観客がかなりの人数いるのだ。
そういう人はいかんせん「笑いたくて映画館に来ている」のだ。
だから「1000円払ったんだから、笑わないと損!」とばかり、
笑いのシーンが来るのを待ち構えているのだ。
こういう客は「くるぞー」の時点で過剰なぐらいに反応する。
おかげで、正常な(というか、普通の)反応をする人たちは、
映画を見て・の反応より、過剰反応の客の現象でどん引きになる。

こういう輩が、『ぐるりのこと。』にも数人来ていて、
宮崎勤をイメージした裁判シーンで
被告の弁護士役の光石研さんが非常に緊張して
言葉がたどたどしくなるシーンで
何度も過剰反応して、いちいちギャハハハ…と笑うのだ。

この映画の法廷シーンはどの部分も非常に繊細に作られていて、
弁護士が被告に対して発する言葉がおぞましく、
とてみ苦しみながら、言葉を搾り出すように発する…
という緊迫したシーン、でだ。
(当然、ギャル以外の観客は真剣に見ていたorドン引きしてた)

『ぐるりのこと。』はこの映画に共感できる
少し成熟した大人に見て欲しい映画なのではないか?と
私は、そう思う。
謙虚に、かつ堂々と「R40の映画です」と言って良いのではないか?

ごちゃごちゃ言い連ねましたが
まだ簡単な感想を書きたい映画ではない。
考え続けたい・また見たい映画であることには
変わりがないです。
映画界のイオンみたいな映画もどき『マジックアワー』と違って。
(もう二度とこのくだらない映画の事を口にしません)

…ちなみに、この映画にもの凄く共感したのは
明日が結婚記念日だからかもしれません。(少しノロケ)
明日は謝罪(いつも、ごめん)と感謝(いつもサンキュー)の日だ、きっと。
Gururi

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