映画をキーワードにしたまちづくり戦略&市民美術大学前期終了
今日は午前中が講師。夜が受講生という何とも楽しい1日。
北九州市民カレッジの講師を受ける際、
北九州の様々なまちおこしのカテゴリーの1つとして、
映画をキーワードのまちづくり話をして欲しいと頼まれたので
1人の市民が映画というツールを使って
どこまでまちづくりに関与できるのか?
それから、北九州市の映画的現状を数字的根拠も入れて
きちんと説明しようと資料集め、ヒヤリング調査等して、
かなりきちんとしたプレゼン資料(パワーポイント)を
そろえて行きました。
が、2時間を北九州FCのHくんとシェアしたので
資料は3分の1ぐらいしか使えませんでした。
(北九州FCのHくんは私のプレゼン資料を見てて
「おー!その資料参考になる。今度、俺の説明で
使いたいのでちょうだい」と。
もったいないので、気前よくコピーしてあげましたとさ。
たぶん、何のためらいもなく、
自前の資料の様に使うだろうな!あはは)
とはいえ、議論する中で
映画をキーワードにしたまちおこしというの
北九州にとってわかり易い有効な戦略になるのでは?
という思いが改めて湧いてきました。
それには2つのメリットがあります。
1つは、映画をキーワードにした地域資源の保護。
(折尾駅、旦過市場など。
ロケ地としての地域資源の保護を盾に結果的に地域財産の保護)
2つ目は、映画をキーワードにした文化振興→創造都市へのシフト。
(自主上映会のノウハウは惜しみなく伝授するし)
うん。何かいいカンジになってきましたね。
興味のある人とNPOでも興しましょうか?
18時30分から
市民美術大学前期最後の講座受講。
今日も100人以上の受講生が参加していました。
市民美術大学の講義は本当に質が高い。
話もわかり易く面白い。
今日の元熊本市現代美術館館長南嶌さんの話も
エネルギッシュで良かったですねぇ。
どの美術館の人たちも行政組織と上手くかみ合わない
グチみたいな話が多少出るのですが
「彼らは、職場での権利の主張をしているのではなく、
自己の生活権の主張してるだけ」
と状況を読んだ時点で相手にする事を辞めた(みたい)。
ひたすら熊本現代美術館の果たす役割を
追求し続けたのだなーと。
私は現代美術の範囲を勝手に狭く捉えていたのですが
「近代の私たちが見落としてきたもの」も現代美術と
言い切って、例の松本喜三郎の生人形展など
http:// www.ca mk.or. jp/eve nt/exh ibitio n/ikin ingyou 2/inde x.html
数々のもの凄ぉ~い展覧会を企画・開催したのだと。
何だかですねー、制度だ何だとか
コザコザした事を軽々と乗り越えて
最大公約数に文句を言わせない(むしろ評価に値する)。
多くの美術館が新聞社がらみの展覧会に頼るところが
多い中で南嶌さんが館長の時代は新聞社がらみの企画展は
1回しか行わなかったそうですワ。
クリエイティブがクリエイティブを生む。
その正エネルギーに拍手したくなりました。
北九州市民カレッジの講師を受ける際、
北九州の様々なまちおこしのカテゴリーの1つとして、
映画をキーワードのまちづくり話をして欲しいと頼まれたので
1人の市民が映画というツールを使って
どこまでまちづくりに関与できるのか?
それから、北九州市の映画的現状を数字的根拠も入れて
きちんと説明しようと資料集め、ヒヤリング調査等して、
かなりきちんとしたプレゼン資料(パワーポイント)を
そろえて行きました。
が、2時間を北九州FCのHくんとシェアしたので
資料は3分の1ぐらいしか使えませんでした。
(北九州FCのHくんは私のプレゼン資料を見てて
「おー!その資料参考になる。今度、俺の説明で
使いたいのでちょうだい」と。
もったいないので、気前よくコピーしてあげましたとさ。
たぶん、何のためらいもなく、
自前の資料の様に使うだろうな!あはは)
とはいえ、議論する中で
映画をキーワードにしたまちおこしというの
北九州にとってわかり易い有効な戦略になるのでは?
という思いが改めて湧いてきました。
それには2つのメリットがあります。
1つは、映画をキーワードにした地域資源の保護。
(折尾駅、旦過市場など。
ロケ地としての地域資源の保護を盾に結果的に地域財産の保護)
2つ目は、映画をキーワードにした文化振興→創造都市へのシフト。
(自主上映会のノウハウは惜しみなく伝授するし)
うん。何かいいカンジになってきましたね。
興味のある人とNPOでも興しましょうか?
18時30分から
市民美術大学前期最後の講座受講。
今日も100人以上の受講生が参加していました。
市民美術大学の講義は本当に質が高い。
話もわかり易く面白い。
今日の元熊本市現代美術館館長南嶌さんの話も
エネルギッシュで良かったですねぇ。
どの美術館の人たちも行政組織と上手くかみ合わない
グチみたいな話が多少出るのですが
「彼らは、職場での権利の主張をしているのではなく、
自己の生活権の主張してるだけ」
と状況を読んだ時点で相手にする事を辞めた(みたい)。
ひたすら熊本現代美術館の果たす役割を
追求し続けたのだなーと。
私は現代美術の範囲を勝手に狭く捉えていたのですが
「近代の私たちが見落としてきたもの」も現代美術と
言い切って、例の松本喜三郎の生人形展など
http://
数々のもの凄ぉ~い展覧会を企画・開催したのだと。
何だかですねー、制度だ何だとか
コザコザした事を軽々と乗り越えて
最大公約数に文句を言わせない(むしろ評価に値する)。
多くの美術館が新聞社がらみの展覧会に頼るところが
多い中で南嶌さんが館長の時代は新聞社がらみの企画展は
1回しか行わなかったそうですワ。
クリエイティブがクリエイティブを生む。
その正エネルギーに拍手したくなりました。
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